2011年2月19日土曜日

二十四章 高浜虚子

『「高浜虚子さんを知ってますよね?」

「ああ、俳句の大家。子規さんの一番弟子だよ」

そこで私は、高浜虚子の自伝の冒頭をそらんじてみせた。

「……幼い私の目に初めて映った天地は、東の方には河野氏の城跡があるという高縄山がそびえ、北の端れに恵良(えりょう)、腰折(こしおれ)という風折烏帽子のような二つの山がありまして、海の中には鹿島という鹿のおる島がありまして、西の方の海の中には千切(ちきり)、小鹿島(こがしま)という岩が並んで、夕方になると、そこに日が落ちまして、白帆が静かに浮かんでおりました」

「……そして、私は母親の背中で沈む赤い夕日を眺めました。母が、きれいだね、きれいでしょうと何度も何度もくりかえして言いました」

最後に、虚子の述懐を付け加えた。

「……考えてみると、一生かかって、その美しい景色を俳句にしてきたような気がする」

私は、最初に見た景色は、時としてその人の一生を支配することを、中川に告げたかったのだ。』

*この文章は、早坂暁先生が昨年夏に出版した本「君は歩いて行くらん 中川幸夫狂伝(求龍堂)」から抜粋させていただいたものです。(とても良い本です。是非手にとって読んでみてください。まったくお世辞ではなく、早坂先生の著作には外れがありません。)

早坂先生が華道の大家である友人の中川幸夫先生に高浜虚子の自伝の冒頭をそらんじてみせる印象深いシーンですが、この文章からも高浜虚子が北条の景色を愛していたことがよくわかります。

虚子の俳句は「北条の景色」そのものなのです。


若き頃の高浜虚子
鹿島から見た 腰折山

千切、小鹿島の間に夕日が沈もうとするのは夏時期です。

白帆の小舟の向こうに梅干しのような夕日がゆっくりと沈むシーンは、虚子さんでなくとも、忘れられない日本人の心の原風景です。悲しくもないのに涙が出そうになります。